シリウス

シリウス・クリムゾン

種族 人族
地位 白月師団所属 王族護衛官
色彩 赤髪紫眼
年齢 20代後半(アトスより5つくらい上)
本名 緋邑昴(ヒムラ・スバル)

家族構成 祖父母(両親は共に故人)

  • 生い立ち
センゼブルグ王国とオルゼイティア王国の間に存在する忍の里に緋邑家の長男として生まれる。
幼い頃に両親は亡くなっており、母方の祖父母に育てられる。父方の祖父母も故人である。

緋邑の一族は忍の里の中でも高い戦闘能力と任務遂行力を兼ね備える人材を多く輩出するが、何故か稀に里人に多い黒や茶の色に反した、その名の通り血のような赤が身体的特徴として現れることで知られている。
忍の里の者の多くが関わる隠密任務には目立つことなどもってのほかであることから、髪にその色彩が現れたものは周囲から諭され、あるいは自ら隠密任務から離れ、里の外で里の者の支援業務を行うようになっていく。

シリウスもその道を辿るはずだったが、将来の道のため学んでいた薬草の知識ととある能力から例の旅におけるアガトゥスの特例の護衛として白羽の矢が立てられた。そして、最早旅とも言えない、ひたすらにアガトゥスを生かす十年を過ごす(基本センゼブルグ王国を拠点に春~夏は冒険者業でシリウスが旅の資金を稼ぎ、秋~冬は資金節約のため、忍の里に籠る)。
そして、旅を終えた後も護衛任務は終わらず、王国軍の白月師団所属という形でアガトゥスの護衛を続けている。
現状は忍の里からの出向という形であり、命令権は軍を統括する国王及び王太子にあるが、シリウスはアガトゥスを主として扱っている。

傍からはぽっと出のよくわけのわからないやつが突然王族の護衛として選ばれた形になっているので、出世欲の強い貴族のボンボンからは嫌がらせを受けていたりするが、当人はアガトゥスに影響がない限りはあんまり気にしていない。

  • 能力
幼年期から忍の里の一員として育てられたので身体能力も戦闘能力も高い。
懐には常に何がしかの武器を忍ばせており、何も持っていないということはない。
どちらかというと戦闘能力より暗殺能力の方が高い(殺ってしまえば色など関係ないから)。
また、忍の里にのみ伝わる術体系として忍術も使える。魔術と違う式を用いて、魔力を元に発動させる術式なので、忍の里でも忍術の使えない忍者は存在する。シリウスは一応護衛の関係上、防衛方面で魔術もかじってはいるが、忍術に慣れ親しみすぎていて不得手。

緋邑の一族にのみ伝わる禁術として咎落ち(仮)が存在する。
自らを強化(狂化)させることができる。その威力は絶大であり、一人で一つの部落を消滅させることも可能。
自らの意思で行使が可能だが、継続使用・長時間使用で戻れなくなる(どれくらいで戻れなくなるかは個人差が大きいため、一概には言えない)。シリウスの父はそれで“帰らぬ人”(一般には“死んで”帰らぬ人になったというところだが、咎落ちにおいては“正気に戻らず”帰らぬ人となったと読むのが正しい。戻れなくなった者の末路は様々だが悲惨なものであることは間違いない)となり、母も亡くなった。共に幼年期のシリウスの目の前で。
そのため、シリウスはこの力を嫌い、使うことはまずない(ただ、例外は存在する)。遺伝するもののため、子どもに重荷を背負わせたくないという考えから子どもを作る気もない。
この能力もあり、緋邑の一族は里では頼りにされながらも恐れられている。それもあって血の濃く表れたものは里の外での仕事に就くことが望ましいとされている(身体的特徴として赤が出る=血が濃い。緋邑の血が濃いほど、戻れなくなりやすいと考えられている。事実過去に何件かそういった事件も起きている)。
(咎落ちは本来人には存在しないはずの「狂種化」のプログラムが存在することによって行使できるバグ技。人の枠のままで狂種化しているので心身ともにボロボロになって当然。過去にはもっとこのバグが残っている者がいたが、多くは自滅し、あるいは滅ぼされ、残っているのは緋邑他、一握りの一族だけである)。

薬草の知識については将来の道を広げるためであると同時に、咎落ちを薬の力でどうにかできないか考えたから深めることとなった。
結果としてそこには結び付かなかったが、アガトゥスのためには多少役立っている。

能力の影響もあり、一族は短命の者が大半。
シリウスは能力を多用をしてはいないものの、多少なり負荷はかかっているため、平均寿命までの生存は見込めない。

  • 性格・思考
割と生真面目。意外とネガティブ思考。

父親の死を受け、根底に化け物としてではなく、人として生きて死にたいという考えがある。
因果な仕事をしているから殺されるとしても、人として。



  • その他
多分恋をしたことがない。

アガトゥスについては長年共にいるうちにかなり情がわいているが、それがなんなのか、具体的に何と名のつく感情なのかは本人にも判断がつきかねている。好きか嫌いかなら確実に好きだが、面と向かって言うこともあらわすこともない。
ただ、行くべき場所、行きたい場所に連れていくべき人というのは昔から変わっていない。

  • 最終更新:2017-03-06 21:24:47

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